概要

「一応動くから」と誰も問題視しないまま、教室ごとの Wi-Fi 繋ぎ替えも遅さも「当たり前」として内面化され、本来要求できるはずの快適さが諦められている——KIC-PoC は、この“慣れ”が覆い隠してきた学内LANの課題に正面から向き合うプロジェクトです。

稼働中の学内LANは止めず、エンタープライズ機器(Cisco Catalyst 9800-CL、Aironet AP3802I、NEC IX シリーズ)によるオーバーレイネットワークを併走させます。利用者を SSID 繋ぎ替えという因習から解放し、他人宛ての雑音が消えて自分宛てだけが届く“静かな体験”を返したうえで、L3 分離による効率と、監視スタックによる可観測性まで、たった一つの再設計から地続きに実現します。

百聞は一見に如かず。同じ場所・同じクライアントで、届くパケットを既存LAN(左)と本PoC(右)で同時にキャプチャした様子がこちらです。

既存LANでは届くパケットの 約75%が自分と無関係(他人宛てのブロードキャスト/マルチキャスト)なのに対し、PoC 側では 8%前後 まで抑えられています。

目指すもの

内容
UX 単一SSIDによるシームレスローミング(繋ぎ替え不要)
効率 MGMT / USER セグメントの L2/L3 分離とマルチキャスト制御
オブザーバビリティ 監視・テレメトリ・ログ集約の標準スタック
セキュリティ 管理面の分離と現代的な無線セキュリティ

背景と課題

現状の学内LANは、言うなればアンチパターンの教科書です。

  • /16 の過大なサブネット — 建物全体が1本のL2になり、届くパケットの75%が無関係
  • 10台の DHCP サーバー — レース応答の勝者によって出口ルーターと ISP が接続ごとに変わる
  • 誤った無線設計と運用 — 「当たり前ですが教室を移動したら繋ぎ変えましょう」という案内(それは本来 WLC の仕事)
  • 効果のない負荷分散と冗長化 — VRRP も GLBP もない3台のルーターに、10台の DHCP が GW をバラバラに配るだけ(大半が NURO、ぷらら向けは2台のみ)
  • 脆弱なセキュリティと運用 — SNMPv1/public、Telnet 開放、管理VLANなし

それぞれの詳細は 現状の課題 にまとめています。

全体構成

全体構成図。上半分が既存の学内LAN(192.168.0.0/16 untag)、下半分がPoCオーバーレイ(IX2215×3 + Proxmox + C9800-CL)と自宅側(IX3315)

  • WLC: Cisco Catalyst 9800-CL(IOS-XE 17.15、Proxmox 上の VM)
  • AP: Cisco Aironet AIR-AP3802I(FlexConnect、各部屋2台 × 3部屋)
  • L2 / ルーティング基盤: NEC IX2215 × 3(各部屋1台)+ NEC IX3315(センタールーター)。部屋間は EtherIP トンネルで trunk(VLAN100/999)を延伸して1つのL2に連結(敷設ケーブル長を抑える狙い)
  • サーバー: Proxmox VE + LXC(Prometheus / Grafana / SNMP / Rsyslog / Unbound / nginx)
  • 遠隔運用・ユーザー出口・公開: 自宅の IX3315 と EtherIP over IKEv2/IPsec で接続。ユーザー(VLAN999)の外向き通信もこのセンタールーターで NAPT し、IPv6 も提供。tukushityann.net は static NAPT で公開

セグメントは管理 VLAN100(10.98.38.0/24: WLC WMI・AP管理・サーバー管理・SNMP)とユーザー VLAN999(172.16.0.0/22: SSID KIC-PoC-WiFi、WPA3/WPA2-Personal、IPv4/IPv6 デュアルスタック)に分離しています。

機材選定の裏話として、無線系は Cisco で統一しつつ、ルーターは L2TPv3 を扱える機材を揃えられなかったため EtherIP が使える NEC IX シリーズを採用しました。サーバーはミニPC上の Proxmox VE です。

設計の詳細は 無線設計とローミングL2/L3 設計・DNS・オブザーバビリティ にまとめています。

成果: 問題への対応状況

# 現状の問題 PoC での対応 状態
問題1 /16 フラットL2・無関係パケット75% ユーザーを独立VLAN(999)の別L2に収容し、IX2215 の ACL で探索系フラッディングを遮断。管理面も専用L3に分離 管理セグ=分離 / ユーザーセグ=L2・egress とも分離(センタールーターで NAPT・IPv6 提供)
問題2 DHCP 10台レース・GW/ISP が接続ごとに変動 各L3セグメントに権威ある単一 DHCP/GW(IX2215) 解決(PoC内)
問題3 SSID で接続制御・手動繋ぎ替え 単一SSID + 802.11k/v/r による WLC 管理ローミング。低RSSI/低レート端末は WLC が強制切断(Optimized Roaming)しスティッキー化を防止 解決(全域シームレス実証は残課題)
問題4 VRRP/GLBP 不在の偽冗長・偽負荷分散 単一権威 GW で「リースごと GW 変動」を排除。真の冗長(VRRP/GLBP)は本番化ステップ 部分(偽LB排除)/ 冗長はスコープ外
問題5 SNMPv1/public・Telnet・管理VLAN無し 管理VLAN分離で管理面(SNMP/Telnet)を一般端末から隔離・WPA3/WPA2+PMF 解決

接続してみる

PoC エリア内(対象の3部屋)では、以下の SSID に接続できます。

  • SSID: KIC-PoC-WiFi
  • パスワード: NewOrder

Wi-Fi接続用QRコード(SSID: KIC-PoC-WiFi)

残課題・今後の展望

  • 学校側 egress の根治 — 現状はユーザー出口をセンタールーター(自宅 IX3315)へ EtherIP で延伸し、そこで NAPT・IPv6 提供を行って回避している。学校側の既存ルーター・巨大L2 を直接通したときの新規フロー初手ドロップ自体は権限外で根治できておらず、学内インフラだけで清潔に egress する方法は今後の研究課題として残す
  • 全AP展開 — 各部屋の AP join を完了させ、マルチAPローミングの本格的な検証へ
  • eduroam への展開 — Google Secure LDAP を用いた認証基盤の接続

まとめ

アンチパターン化した学内LANに対し、エンタープライズ機器で“あるべき実装”をオーバーレイとして構築しました。UX の向上(単一SSIDシームレスローミング)と効率性(セグメント分離・可観測性)の両立を、ひとつの設計で示しています。

発表者について

山﨑 結友(@tukushityann) 神戸電子専門学校 ITエキスパート学科 / SRE NEXT 2026 NOC Core Network Lead

SRE NEXT 2026 NOC での作業風景

NOC のラック。NEC IX3315 やタイムサーバー、Aruba AP が積まれている

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